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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)265号 判決

上告人

安田サメ

右訴訟代理人

渡部明

被上告人

田中武治郎

右訴訟代理人

一岡隆夫

主文

原判決を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人渡部明の昭和五三年三月三一日付上告理由書記載の上告理由一について

原審は、乙第一号証(五〇〇万円の抵当権設定金円借用証書)及び同第五号証(二〇〇〇万円の抵当権設定金円借用証書)の上告人作成名義部分は一審における上告人本人尋問の結果によつて上告人の署名が上告人の自署によるものであることが認められるから全部真正に成立したものと推定することができるとして、右の各書証を重要な証拠として被上告人主張の連帯保証契約、抵当権設定契約及び代物弁済予約の成立を認め、上告人の請求を棄却したものであることは、原判文に徴して明らかである。

ところで、上告代理人提出の弁護士渡部明作成の告訴状写、笹沼美世作成の申述書、検察官坂井一郎作成の不起訴処分理由通知書及び同人作成の「不起訴処分理由通知について」と題する書面によれば、東京地方検察庁検察官は、昭和五三年三月二八日笹沼美世に対する前記乙第一号証及び同第五号証に関する私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使、詐欺告訴事件について、その事実はあるが起訴猶予にするのが相当であるとして、不起訴処分にしたものであることが認められる。してみれば、右乙号各証が偽造されたものであることについては、民訴法四二〇条二項にいう証拠の欠缺以外の理由によつて有罪の確定判決を得ることができない場合にあたるものといわなければならない。

このように、上告理由として原判決につき同条一項六号所定の事由の存することが主張された場合において、当該事実に関し同条二項所定の要件が具備されていることが認められるときは、原判決につき影響を及ぼすことの明らかな法令の違反があつたものとしてこれを破棄し、更に審理を尽くさせるため事件を原審に差し戻すのが相当である。

よつて、その余の上告理由についての判断を省略し、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(戸田弘 団藤重光 藤崎萬里 本山亨 中村治朗)

上告代理人渡部明の昭和五三年三月三一日付上告理由書記載の上告理由

一 第一、二審判決の証拠とされた乙第一、第五号証の文書偽造されたものであることが判明したが、右偽造行為が起訴猶予処分に付されたゝめ有罪判決を得ることが出来ず、従つて、再審事由に該当する。

上告外中村こと笹沼美世は検察官に対し上告人名義の文書を偽造して被上告人田中武治郎から本件金二、五〇〇万円を金借した旨自白するに至つた。

即ち上告人外一名の告訴に基づいて右笹沼美世に対する私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載同行使詐欺事件を捜査した京都地方検察庁は一応の捜査をなした上事件を東京地方検察庁に移送し、東京地方検察庁は被告訴人である右笹沼美世を取り調べたところ同人は一、二審判決が真正に成立したものとして援用し、且つ上告人の請求を棄却する最大の根拠となつた乙第一、同第五証(五〇〇万円と二、〇〇〇万円の抵当権設定金円借用証書)の上告人安田サメの署名及び実印の押捺について「安田泰三に無断で同人の氏名及び実印を用いて同人所有の土地建物に抵当権等を設定し、商工ビルから金借していたところ商工ビルから競売申立がなされ京都地方裁判所が競売手続を開始したので今度は安田サメの土地建物を無断で抵当に入れて金借し、その金で商工ビル等に対する債務を弁済しようと考えた。そこで高利貸である被上告人に二、五〇〇万円の金借を申し込み、同人又は同人の依頼をうけた山崎代書から白紙様の紙数枚を渡され、それに安田サメの署名捺印をもらう様指示されたので、安田サメには京都信販のクーポンを申し込むのに必要だからと偽つて右白紙様の紙に署名させ、又実印はサメの留守に同家に侵入して盗み出し、これを用いて前記の金円借用証書などを山崎代書で作成してもらつたものである」旨自白するに至り、乙第一、第五号証が偽造であることを自白するに至り、本弁護士に対しても同旨の申述をしたので本弁護士は本年三月二三日笹沼美世に依頼して同人の申述書を作成せしめた次第である。

従つて乙第一、第五号証は偽造文書であることが明白となつた次第である。

二 更に、第一、二審判決が証拠として援用した証人山崎邦三の証言、被上告人の供述はいずれも偽証である疑い濃厚となつた。

即ち証人山崎邦三は第一審において「乙第一、第五号証を自分が作成後に笹沼美世に渡して上告人の署名捺印をもらつて来させた」旨証言しているが前記の笹沼美世の自白によれば白紙様のものに上告人に署名させ届けて書類を完成してもらつたごとくであり、然りとすれば山崎の前記証言は偽証の疑い濃厚と認めるべきである。

更に、被上告人は第一審において「金を貸した時の借用証書の上告人の署名は自分の面前で上告人本人がした。」旨供述しているが、前記笹沼美世の「上告人の署名は自分が一人で上告人にクーポン加入に必要だと偽つて署名させたものである」旨の自白に照らしこれ又偽証の疑い極めて濃厚というべきである。

三 以上述べたごとく第一、二審判決の根拠となつた乙第一、五証が偽造であることが明らかとなり、且つ、証人山崎邦三の証言及び被上告人の供述が偽証の疑い極めて濃厚となつたので、こゝに上告理由書を追加提出した次第である。

よって原判決を破棄して本件を大阪高等裁判所に差し戻されたい。

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